名古屋地方裁判所 昭和54年(わ)261号 判決 1979年7月17日
本籍
三重県桑名市大字友村二九番地の八
住居
名古屋市東区泉二丁目一五番一号 七小レックスマンション一一三号
飲食店経営
濱地光一
昭和一八年八月三一日生
主文
被告人を懲役一年六月及び罰金二、〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、肩書住居に居住し、名古屋市中区栄四丁目四番九号西新ビルなどにおいて、エスポアール観光の名称で飲食店「女の部屋」ほか一一店舗(昭和五一年末現在)を経営しているものであるが、自己の所得税を免れようと企て、自己の経営する各飲食店の営業名義を使用人名義として自己の営業でないよう仮装し、且つ所轄税務署長に対し右営業名義人の名で所得金額をことさら過少に記載した内容虚偽の所得税の確定申告書を提出し、また第三者名義で不動産を購入する等の方法で所得を秘匿したうえ、
第一 昭和五〇年分の実際所得金額が一億二、四九一万八、二六一円であり、これに対する所得税額が七、八四一万一、二〇〇円であったにもかかわらず、右所得税の法定納税期限である昭和五一年三月一五日までに、名古屋市東区主税町三丁目一一番地所在の所轄名古屋東税務署長に対し、所得税の確定申告書を提出しないで徒過し、もって不正の行為により右所得税七、八四一万一、二〇〇円を免れ、
第二 昭和五一年分の実際所得金額が四、八二〇万九、二〇六円であり、これに対する所得税額が二、三一七万二、二〇〇円であったにもかかわらず、昭和五二年三月一五日、前記名古屋東税務署において、同税務署長に対し、所得金額が五三〇万円であり、これに対する所得税額が六三万円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額と右申告税額との差額二、二五四万二、二〇〇円の所得税を免れ、
たものである。
(証拠の標目)
判示全事実につき、
一 被告人の当公判延における供述並びに検察官及び大蔵事務官に対する各供述調書
一 被告人作成の各上申書
一 証人後藤照一の当公判延における供述並びに同人の検察官及び大蔵事務官に対する各供述調書
一 小木曽耕司、濱地マスコ及び石垣正春の検察官に対する各供述調書
一 濱地功の検察官、検察事務官及び大蔵事務官に対する各供述調書
一 森内芳光の検察官、検察事務官及び大蔵事務官に対する各供述調書
一 渡部寿之の検察官及び大蔵事務官に対する各供述調書
一 磯崎正史の険察官及び大蔵事務官に対する各供述調書
一 加藤善彦、谷口雄司、牧田百合江、藤原右一及び島岡則光の大蔵事務官に対する各供述調書
一 岩本明、前田雄二、林広司、山本稔、内山直年、横山幹男及び荒井功一の検察事務官に対する各供述調書
一 小木曽耕司、水谷年佑、竹本弥典、宿沢浩、柘植光雄、後藤照一、森内芳光、川村満、佐橋三政、深井健司及び上原健作成の各上申書
一 大蔵事務官作成の各査察官調査書、査察官報告書及び各調査報告書
一 勝野朝雄、高嶋儀安、三浦良博、伊藤忠司及び鈴木正志作成の各証明書
一 青山竹暢、平岩敏弘、井川一男、伊藤芳雄、三輪幸子、尾崎隆、伊藤良隆、加藤和子、高木茂夫、鬼頭光明、鈴木康之、木村時頼、佐藤忠好、伊藤康博、柴田実、鈴木輝、尾崎邦子、大角秀彦、寺尾忠恭、河地武夫、西野寿美子、平野さへ、日比野啓子、藤井米市、小坂井勢津子、堀泰彦、吉村力次郎、渡辺辰男、若山三洋及び渡辺美智代作成の取引内容照会に対する各回答書
一 柳沢汎、平松隆次、鈴木光夫、柴山正一、久保田皓、松永辰男、和泉孝夫、藤岡嘉久、安井保、土川勇、佐藤繁一、平松美恵子、宮地守、能見雅稔、中山善雄及び青木泉作成の各回答書
判示第一の事実につき、
一 大蔵事務官作成の各証明書(但し、検察官証拠カード(甲)番号143、144)
判示第二の事実につき、
一 大蔵事務官作成の各証明書(但し、前同カード(甲)番号26、145)
ところで弁護人は、被告人がその経営する各飲食店の営業名義を使用人名義とし、第三者名義で不動産を購入したことについて、所得税を免れるためになしたものではない旨主張し、被告人も当公判延において右主張に沿う供述をするので検討する。
右のような行為は、種々の理由から世上往々行なわれがちなものであるけれども、申告納税制度をとる現行法制下においては、税務官庁をして納税者の所得金額の正確な捕捉を困難ならしめ、もって所得税の賦課徴収を不能もしくは著しく困難ならしめるものであるから、所得税の納税義務者がその納税を免がれる意図をもってなしたと認められる以上、所得税法二三八条一項の「偽りその他不正の行為」に該当すると解すべきところ、被告人が右行為をなした理由として供述するところは、あるいは風俗営業許可の取得のため、あるいは暴力団から目をつけられるのを避けるためと首尾一貫しないうえ、前掲各証拠に徴すると、確かに被告人には、昭和四八年二月二八日名古屋地方裁判所で賭博罪により罰金三万円(監禁致傷罪により懲役二年六月、四年間保護観察付執行猶予併科)に処せられたため、一時期(同年六月二二日から一年間)風俗営業許可の取得につき人的欠格事由の存したことが認められるものの、被告人は、右期間内はもとより、その前後において、使用人名義で営業許可を受けたこと、しかも各店舗ごとに、営業名義のみならず、店舗賃借名義、電話加入名義を異にしていることが窺われる。従って、右事実に被告人の取調官に対する各供述書、とりわけ、大蔵事務官に対する供述調書中で「税金は損な話しだと頭から決め、時間や労力を税金のことに使うのは無駄と考えていた。」「被告人には最初から正しい所得税の確定申告をする意思が全くなかった。」旨供述していることを併わせ考えるならば、被告人の当公判延における前記供述は信用できず、被告人に所得税逋脱の意図のあったことは明らかである。
加えて前掲各証拠によれば、被告人は、従前より所得税を免がれる意図のもとに、経理担当責任者後藤照一らに指示して、判示のように、各店舗の営業名義人の名で所轄税務署長に対し所得税の確定申告書、しかも所得金額をことさら過少に記載した内容虚偽の確定申告書を提出していたことが認められるのであって、かかる確定申告書の提出が、申告納税制度及び累進課税方式を採用する現行法制下において、前同様の理由で、「偽りその他不正の行為」に該当することは明白である。
因みに、営業名義人の名による右確定申告は、納税義務者である被告人本人の納税申立として、その納税義務の確定という公法上の効果を生ぜしめるものではないから、本件脱税額から右確定申告に基づく納付額を控除すべきでないことは、もとより当然である(最高裁判所昭和四六年三月三〇日第三小法延判決、刑集二五巻二号三五九頁参照)。
(法令の適用)
判示各所為につき 所得税法二三八条(懲役、罰金併科)。
併合罪の加重・合算 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(判示第一の罪の刑に)、四八条二項。
労役場留置 同法一八条。
懲役刑の執行猶予 同法二五条一項。
よって、主文のとおり判決する。
(検察官渡辺咲子、弁護人久保田皓公判出席)
(裁判官 油田弘佑)